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話 酒と魚と事件と女― お酒の肴に合いそうなちょっとした話題です。

記事一覧

嘘とホント


「嘘でもいいから愛しているって言ってくれればいいのよ。気がきかないんだからさあ」
「嘘でいいのか?」
「このマヌケ野郎!ホントのことよ。嘘でもいいからホントのこと言えっていうの、バーロ。おまえみたいな、オタンコナス、愛してやらないぞ」
「????・・・・」
「マヌケ野郎に、バーロ、オタンコナス、ちょっと古くないか?」
「いいんだよ。酔っ払ったら、出てくるんだよ」
「まあまあ、さっちゃん、水でも飲んでさあ、ホントの話をしようよ」
「何言ってんの、おまえの話は嘘で固めたホントの話ばっかりじゃねえか。こっちは立つ瀬がないよね、ウィ」
 この女可愛い女である。でも薄倖だ。
「こんな女を食って生きるんじゃあ、男がすたれぜ、なあ、兄さん」
 と隣で老人が ぼそり、と男に言った。
 女は老人の方をうつら眼で見て、
「話のわかるご老体。言ってやってよ。この男の優柔不断。ニコニコばかりしやがってよう」
「兄さん、嘘でもいいから愛してると言ってあげなよ」
「嘘でいいんですかねえ」
 と男は応える。正直な男だ。
「ちがうんだよ、兄さん、嘘でいいからホントのことを言えばいいんだよ」
「?????・・・・・」
「兄さん、おまえさんこれがわからないようじゃ、まだまだだね」

*酒は「月の桂」の提供でした。
 
 

  • 2006年12月09日(土)17時41分

女になりたい


夫婦仲の悪い女が手軽の金を得ようとするなら、別の夫婦仲の悪い男をたらしこむのがよい。
 手口は簡単である。計らわなかったらよい。そう、そのままでいいのである。仲の悪い夫だったから、してあげたくてもしなかったことをやってあげればいいのである。相手の男はきっと喜ぶ。なぜなら妻になにもしてもらってこなかったからだ。

 こういう男と女が出会うことになれば、女のほうが自然と儲けることになるのだ。

 「わたしは、夫に頼らず、生きていけるように、今の店を成長させたいの」
 と言えば、そうかそうか、応援してあげたい、いや絶対応援するのが愛しあう男と女の中である。
 「おまえの店の競争相手がでてきたんじゃあ、いけないな。近所に空き店舗がでたら抑えておくほうがいいよ。それも買ってしまったら、財産になっていいじゃないか」

 とまあ、こんな風に女のほうは儲かるのである。
 これは詐欺でもなんでもない。欠落した愛を補う別の愛の表現である。

 ああ、オレも女になりたいなあ。

 

  • 2006年11月11日(土)14時26分

イガミ鍋


「おう、いいところへ来たね、彦さん、イガミだよ。今日釣っちまってよう。食べてかねえか」
「イガミ、なんだよその魚」
「ブダイだよ。おいらのクニではイガミっていうんだよ」
「へえ、イガミねえ、恐ろしい名前だね。オコゼもおもしろい名前だけどね、イガミかあ。こっちの人はブダイは食べねえな」
 知らないものに説明するのもホネだなあ、など思いながらも、一人で食べるよりは二人で食べたほうが美味しい。酒も上等なのがある。彦とだったら、気も使わないで、気兼ねなくよからぬことでも話が弾む。
「磯でたまたま釣れてよう。クニではスギモで釣るんだが、こっちはスギモがなくてさ、ホウエンソウをもって行ったんだぜ」
「そうかい、旨いかい」
「旨いよ。鍋にするからよ、食べてみなよ」
 日も暮れかかった頃の突然の彦助の訪問だった。何かあるに違いない、と思ったものの、酒と鍋が優先である。ゆっくり聞けばいい、と直次郎は、準備に精を出した。
 イガミは独特の臭いがする。大根の斜めに切り、その先でウロコをはぐ。おもしろいように大きなウロコが剥げる。死んだ女房が教えてくれたウロコ取りのコツである。
 鍋にはシラタキ、豆腐、白菜、葱、裏山で採れたキノコも入れた。魚売りの吉次がたまたまはまぐりを持っていたから幾つか買った。
 酒は熱燗にした。
「さあ、食べようよ」 
 直次郎は嬉しそうに言った。彦助も、
「うまそうだねえ、どれイガミからいくかい」
「しっぽより、腹だよ、彦さん。淡白だが、どこか微妙に香ばしい味がするからさ」
 彦助は箸でイガミの切り身をつまみあげ、ポンズとカンズリの入った器に入れて、勢いよく口に入れた。
「おう、いけるね。臭いもねえや。これ、旨いじゃないか、直次郎さんよう」
「だろう。どんどん食べてくれよ、今日釣ったのは大型だからさ」
「冬は熱い酒に、鍋に限るね、彦さん」
「酒を含むと料理がこんなに美味しくなるものか、と思うねえ。これを知らない奴がいrんだよ」
「まあね」
 二人はしばらく黙って自分で手酌をし、鍋をつつき、食べることに専念していた。
 ようやくして我に返ったように、彦助が、
「直次郎さんよう、許していけない野郎がいるんだ、手助けしてくれないか。礼金は20両」
「へえ、それはたいした金だねえ」
「お武家さんだからね、ちょっと難しい」
「そうかい、事情を話してごらんよ」
と直次郎は彦助に酌をした。
 彦助の声の調子が落ちて、小声で話す。
 ふくろうの鳴き声がする。それがいっそう静寂さを呼ぶ。渋谷村の寺の裏の一軒家である。
 しばらく、直次郎は彦助の話を聞いた。

「そうかい、そいつはそんなに悪かい。ちょっとおいらの目でも確かめてみるけどね」
「ありがたいね。オレの腕だけじゃあ、やれないぜ。小悪人だが、腕もめっぽう強いらしい」
「そうかい。慎重にいかないとね。オレは彦さんが言ってくる悪人というのは、その辺にいる正義ズラした悪人ばっかりだが、今度のは相当な悪人だね」
 夜半過ぎ、彦助は帰った。呑み過ぎたのでもない。イガミは旨かった。新しくなくっちゃいけないな。どれ、明日、荒木唐十郎というやつをちょっと偵察してみるか、と直次郎はキセルに煙草を入れて、火をつけた。
 うまいねえ。
  

  

  • 2006年10月20日(金)17時32分

波と健太


「オレ、お前に惚れてるよ。お前はどう?」
健太があたしをじっと見て、そう言った。こういう言葉が似合う奴なんだ。返さなくっちゃ。
「あたしも惚れてるよ」 健太の目を見て言った。
  健太はまだあたしをじっと見ていて、
「そうか、よし」と言った。そして浜の冷たい風を大きく吸い込んで、両手を上げて、伸びをした。
「波、お前はなにがしたい?オレにもしたいことがある。一緒に生きる限り、したいことが違うのなら折り合いくらいつけるだろ。えっ、何がしたい?」
あたしは何がしたいということはない。健太がやりたいことがあるならやればいい。あたしは協力する。惚れた男に言えることはそんなことくらいだ。
「あたしは健太のすることを一緒にやりたい」
「一緒にやりたい? ふ~ん、一緒にやりたいことがしたいことか?」
「それしか浮かばない。よく言う、ついて行くってこと。あたしも惚れているんだからさあ」
  海があるからこんな話をしているんだろうか。初めて健太と会ったのは3ケ月前。友達と居酒屋にいた。偶然友達の知り合いがそこにいて、健太と飲んでいた。合流することになった。その日はあたしも陽気だった。他の三人も陽気だった。健太とすっかり意気投合した。何にって? ストレートな物言いが合ったのかなあ。まわりくどいことも言わない。「君、可愛いね」とキリッと言う。ドキンとした。どこが可愛いのか、なんて言わない。それを言う奴はあたしはイヤな奴だと思う。言葉を切るところがいいな。言葉は意思して切れなくてはと思っている。

大きな運命が決まったような気がした。満天の星。健太は
「苦労もあるかもしれない」
えっ、もう結婚? と思ったらダメ。あたしは、静かに、「うん」と言う。
 よく叔父が言っていた。
「生涯に必ずこの人と思う人が現れる。その時は80歳かもしれないが、訪れる。好きな人と一緒になるんだ。あわてたり、あせったりすることはない。必ず出会う。波はそれを見極める心をもっている」
  叔父は本当によく言った。よほど、気に入っている言葉なのだろう。
健太か、やんちゃそうな名前だけど、いくかあ、こいつと。めちゃくちゃ愛してあげよ。ああ、ちょっとワイン飲みたい。それとアンチョビの入ったパスタが食べたい。なぜかそう思った。
 波、27歳。健太 28歳。今夜の証人は星と上弦の月と海。

  • 2006年10月05日(木)12時32分

酒と魚と男と女 vol.2


「イサギはいい魚だね。何にしても旨いね。天然の鯛がなけりゃあ、イサギを食ったほうがいいよ。旦那」
「嬉しいねえ。そうだよ、その通りだ。イサギにあたり外れはないよね。刺身でもいいし、薄造りでもいいし、小さいのなんか塩焼きも上品だよね」

 活魚料理「一力」で店の主人と会話をする。木村の出張の度の楽しみだ。
「夏はこの魚があるんで助かりますよ」
 店の主人は立ち働きしながら声を掛けてくれる。
 一人でブラッと店に入るのも抵抗があるものだが、もうこの店にはすっかり馴れた。
 「毎回、どんな魚があるのか楽しみでねえ」
 「天気でねえ、違いますからねえ。メイチは揚がってないし。豆アジなんか食べますか」
 「豆アジか。焼いてくれたらしょうがで食べるよ」
 「少し焼きますか。南蛮漬けもありますがね」
 「焼いてくれたほうがいいなあ」
 「わかりました」

 木村の住む名古屋ではこんな店はない。あるのかもしれないが、お目にかかったことがない。魚と言えば、冷凍物か、養殖物ばかりだ。出張の役得だ。女房はこんな風にしてひとりのんびりと酒と魚をつまんでいる夫を知らないだろう。
 このところ焼酎をオンザロックで飲むことにしている。飲まず嫌いだったが、飲んでみると魚の邪魔をしない。すっきりしている。この頃糖分が気になるのだ。
 尾鷲あたりに小さな家でも借りて、退職したら、時々ここで暮らすのもいいかもしれない。
「大将、今ここでは何が釣れるの?」
「岸壁ではアジ、サバ、アオリイカですね。投げるとキス、コチですね」

 妻は都会暮らしを楽しんでいる。どうして女たちはコーヒー一杯のために仲間と出かけることをあんなに楽しめるのだろう。楽しみ方が小刻みで、割り切っているように見える。木村にはできない楽しみ方である。妻に尾鷲で時々暮らさないか、と言っても無駄だろう。
 木村は大将たちが、要領よく動いている立ち居振る舞いを見ているだけで、そしてそこに酒があって、魚があれば気分がよい。
・・・なんだかなあ、どうするかなあ、どうしたら満足いくんだろう・・・・
 1泊2日。あと一年かニ年もすれば高速道路が伸びてくる。日帰り出張にならなければよいが。
 「よかったら、これ食べてみませんか」
 「キスですか
  鮨になっている。キスの上に紅葉おろしとネギが置いてある。
 「ポンズで食べるんです」
 「ここは鮨はないよね」
 「時々ね、息子が握るんですよ」

 若大将のほうを見ると、
 「専門じゃないんですけどね、気が向くと握る時々あるんですよ」
 「嬉しいなあ」
 ちょっとした幸せってやつだ。こんなことのほうが少ないのが人生だが、日常のある場面で ふいに出くわすときがある。そんな種類の喜びだ。
 「友達がキスを釣ってきてはここへ置いていくんですよ」
 と若大将は笑顔で理由を述べた。

 キス鮨をひとつ口に入れる。サンマやサバと違いクセのない味だ。味があるのかどうか、微妙でもあるが美味しいと思うのだから、この身とポン酢の取り合わせがよいのだろう。

 台風は台湾あたりまで来て、北上している。この時期の台風は紀州には来ないのである。明日は尾鷲の電気取次店をあいさつ回りして名古屋に戻る。

  • 2006年09月14日(木)20時50分

酒と魚と男と女 vol.1


「おいしい」
 と加奈子は目を細めて、嬉しそうに言った。
「私、魚はあんまり食べないほうだったけど、信ちゃんの説明が上手だから、おいしそうに思えてしまうの」
 信一はこんな美味しいものを大好きな加奈子に食べさせたいという一心な思いと、根っからのサービス精神も手伝って、あれやこれやと加奈子を食べに誘うのである。
 今日はメイチダイ。これを半分薄造りにしてもらって「すだちポン酢」と「紅葉おろし」食べる。半分は刺身にしてもらい、山葵醤油で食べる。頭は吸い物にしてもらう。〆てから2、3時間後くらいがうまい。グルタミン酸がでるためだろう。
 だから店に来る前に〆ておいてくれと予約しておく。
「この辺では夏の魚といえば、イサキ。これもうまいが、メイチもうまい。一匹で磯から遠くない砂場を泳いでいる魚なんだ。寿司にしてもうまい。まあまあ、嘘だと思ってもいいから食べてみて」
 うんちくを語っているという意識はない。逆に美味しさを増すように旨味を添加しているつもりだ。加奈子はそれを十分受け止めてくれて、反応してくれる。

 こんなに楽しそうに二人で食べていたら、人の口にものぼるというものだ。しかし二人の世界では人はみな善人で口が堅いように見え、夢見心地の男と女の食事はすぎていく。食を一緒にするたびに、関係は深まっていく。

 「信ちゃんは何でもおいしそうに食べる。一緒に食べてると、私のほうもどんどん食べてしまうの。不思議なことなんかないの。好きだからよ、フフ。はい、お注ぎしましょ」
 「月の桂」である。すっきりとした辛口の吟醸酒。京都の酒である。

 「信ちゃん、ヘヘ、メイチと私とどっちがおいしい?」
 加奈子は上機嫌で少し酔っている。
 「うん、ええと、加奈子」
 「スパっと言え、この野郎。ヘヘ、ねえ、メイチのどこが好き」
 「嫌味のない甘さだろう」
 「ふ~ん。引き締まった身のほどよい歯ごたえじゃないの」
 「う~ん、それもある」

 こんなバカ話が隣りから聞こえてきたら、そのカップルに冷酒浴びせかけましょう

  • 2006年09月14日(木)20時48分
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